日本のタルト
日本のタルト、知ってますか?
日本に「タルト」という名前のお菓子があることをご存知ですか?
タルトという言葉を聞くと、洋菓子のタルトを想像する方も多いかと思いますが、日本のタルトは愛媛県松山市で生まれた郷土菓子です。
カステラの生地で柚子の入った餡を巻いたロールケーキ状のお菓子、これが「タルト」です。
私たちの知っている「タルト」はタルト生地にクリームやフルーツなどを詰めたものなので姿形も全然違いますね。
そんな、全く違う見た目だけど同じ名前のふたつのお菓子には、実は共通点があるのです。
それは、「タルト」という名前です。
正確に言いますと、「タルト」という名前の語源が同じなのです。
同じ名前なのになぜ姿形が違うのでしょう。どのような流れで現在にたどり着いたのか、何やら不思議な感じがします。
ではこの日本のタルトがどのように誕生したのか、その歴史を紐解いていこうと思います。
日本のタルトの始まり
愛媛県松山市の郷土菓子「タルト」の始まりは江戸時代初期まで遡ります。
松山藩主に松平定行という方がいます。
かの有名な江戸幕府初代将軍の徳川家康公の甥っ子さんです。
松平定行公は1647年に海上警備の任に就き、長崎に赴きました。そこで、ポルトガルのカステラ生地にジャムが塗られている「タルト」というお菓子を食べたのです。
定行公はその「タルト」というお菓子をとても気に入り、松山に帰郷する時に製法を教わって持ち帰ったのだそうです。
定行公が食べた「タルト」に塗られていたジャムは柑橘系のジャムだったので、餡に四国の特産である柚子を加え、和菓子と融合して現在のスポンジに柚子の加えられた餡を巻いたロールケーキ、タルトが出来上がりました。
本格的に松山市に広まったのは第二次世界大戦の後です。
松山市に伝わったタルトは、製法に厳しい決まりがあったそうなのですが、その他の地域では比較的自由に作られていたことから、現在では栗が入っていたり、餡の色が違うものなど、色々なアレンジを加えたタルトが販売されているようです。
と、このような経緯があり、愛媛県松山市に誕生したこのタルトは、松山市民だけでなく、愛媛県でも郷土菓子として愛されています。
タルトの語源
では、話は戻って、名前の語源が同じとはどういう事なのか?と申しますと、ポルトガルからやってきたタルトは、元はオランダ語でケーキという意味の「taart」から付けられたという説があるのです。その他にも、ロールケーキを意味する「torta」から付けられたという説があるようです。
そのどちらも洋菓子のタルトの語源である古代ローマのお菓子「トゥールト」から派生して出来たもののようです。トゥールトとはお皿の役割をしていたお菓子です。
トゥールトから派生してできたお菓子は、タルトの他にもトルテという洋菓子もあります。
トルテに関しては。途中からお菓子の形が変わっていったので、トルテと名のつくお菓子の中に、タルトと似た形のお菓子があったりします。
しかしポルトガルのお菓子としてのトルテは、すでにトゥールトのように器の形ではなく、ロールケーキの形になっている状態で日本にやってきているので、日本のタルトがロールケーキの形をしているのは、元のポルトガルのお菓子から日本のアレンジを加えて誕生したのだと分かります。
ということで日本のタルトのお話しでした。タルトと言うと洋菓子のイメージしか湧かなかったので、日本にもタルトがあることを知り、日本のタルトを食べてみたくなりました。
現在では通信販売等もされているメーカーさんもあるので、愛媛県だけでなく全国で楽しめます。
見た目も味も全然違いますが、日本ならではのタルト、県民に愛されているお菓子は美味しいこと間違いなしですね。